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2008年4月16日 (水)

「関係の空気」「場の空気」

日本語だとか空気だとかみんな一家言持っていて、かくいう僕も日本語の使い方について気になるほうなのですが。

僕の今までの感覚として、「現代の日本語」について批判的に語る人は、その人自身が語る「仮想敵としての現代日本語」に違和感があるなぁと感じていました。あなたが批判している「現代の日本語」はちょっと現実とズれてるんじゃない?と。逆に柳原可奈子の話す「現代日本語」にはリアリティがあるなと思います。だから笑えるのでしょう。もっと言ってしまえば、日本語について語る人は「現代日本語」の最先端について行っていないのではないか、普段本ばっかり読んでて音声でナマの日本語を使っていないのではないか?はっきり言って空気読めてないんじゃない?

で、本書の著者の持っている日本語感覚のリアルさに驚いたわけです。

本書は日本語の持つ「関係の空気」を利用した高密度な1対1のコミュニケーションの良さと、反面「場の空気」による非論理的な決定がなされてしまう不合理さ。について語っているわけですが、一番のキモは、「公的な場では、ですます調の丁寧語をスタンダードとすべきである」という主張です。これは日本語の乱れを嘆いてのことではなく、「場の空気」が支配することによる閉塞感を打破するためには、お互いの関係性を対等に保つことのできる「ですます調」を使うべきである。という理由からでした。

タメ語が醸し出す上から下への威圧感については深く考えたことがありませんでした。口下手な僕としては、むしろ、親しみを醸し出すためにわざとタメ語にするのが高度なコミュニケーションスキルの一部かとすら思っていました。(一対一の場合はそれでもよいのかも)

とにかく、現代日本語について一家言持っている人は、ご参考まで。

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