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2008年4月29日 (火)

雨の降る日曜は幸福について考えよう

この詩的なタイトルの本は、日経新聞の日曜版に連載されていた。第一回目は友人が自殺した話から始まる。

橘玲の巧さはタイトルにあると思う。そしてその巧いタイトルに負けない、それ以上の内容を持っている。たとえタイトルから想像されるようなメルヘンチックな話題ではないにしても。

本書は、橘玲ファンにとってはおなじみの内容(保険は宝くじ、持ち家は高リスクな投資、国民年金は払った方が得で、サラリーマンの厚生年金は損)が繰り返される部分もあるが、新たな発見もある。ひとつは、橘玲の過去について少し語られていること。またFAQの章では「あなたは誰ですか?」という問いに対してもちろん明確な回答は無いが、誠意を持って答えている。そしてもうひとつは、「PARTII正しさの問題」と参考文献において、橘玲が自分自身の思想的背景について語っていること。僕は、著者の、現実主義的であると同時に語り口が詩的で、達観しているかのような物言いに魅力を感じていたのだが、まさか、「ポストモダン」の影響下にあったとは。

僕はファインマンとドーキンスが好きで、彼らが、ある種の哲学を「中身のない言葉遊びに過ぎない」と断じているのを読んでから、「ポストモダン」については少々疑いの目で見ている。特にドーキンスは「ポストモダン」が大嫌いみたいで盛んに著書で馬鹿にしている。なので、橘玲に「ポストモダン」の影があるとは驚きだった。(ちなみに僕は「ポストモダン」についてのちゃんとした知識は無いので深追いはしない)

詩的なタイトルに反して、現実的な内容(曰く、「知人はこの底辺校に奉職しているが、自分の職場は教育機関ではなく、生徒の収容施設だと言う。わが校の責務は、日中、異様な風体の子供たちが町を徘徊し、健全な社会生活を脅かすのを阻止することだ。」)でありながら、哲学的な背景を持っている。そんな多重性を持った本をものす橘玲は稀有な作家だと思う。

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